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お引越しのおしらせ [俳句エッセイ]

みなさん。

わたしはお引越ししました。

伴って、 

このブログはもう少しでおしまいになります。

中身はそっくり、ここへ移しました。

   blog.livedoor.jp/juliusrecord/

 

  白鳥帰る蹴上げる土のほのと温 貴子

 

 


花むしろ [俳句エッセイ]

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Today was a sunny day.I went to Hirosaki Park.
Hirosaki Park has a castle and huge number of cherry blossom trees.
They are blooming now,so beautiful! 
 
And I saw a master of Haiku, he has told me how to enjoy Haiku for a long time.
He said, " This haiku which you wrote is so inetersing "
I was very glad.
 
 
 
       The earth is a little bit round
     - a mat of cherry blossom petals    Takako
 
 
 
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今日は晴れ。弘前公園に行ってきました。 
弘前公園にはお城と膨大な数の桜の木があります。
今、桜は真っ盛り。とても綺麗!
 
そして、今日私は長年俳句を教えてくれた先生に会ってきました。
先生は、「君が書いたこの句は面白いね」と言ってくれました。
とても嬉しかったです!
 
 
     ちょっとだけ丸い地球よ花むしろ   貴子 
 
 
 
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 じゃあね! See you.

明けましておめでとうございます。 [俳句エッセイ]

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 新年明けましておめでとうございます。

佐々木は昨年暮、第一句集「ユリウス」を刊行いたしました。

34歳の誕生日目前にして、ビッグプレゼントでした。

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 いろいろな方に送付したり、御返礼をしたりと忙しい日々でしたが、これから少しずつ、

句集「ユリウス」の句についてご紹介したり、

ただそれだけじゃつまらないし、かといって自己解説はつけられないので、

なんとなく字句=日本語俳句を英語俳句に訳してみたりなどして

ちょっと遊んでみたいと思います。

本年もみなさまどうぞ、お付き合いのほど、宜しくお願い申し上げます。

にんまり自分画像2014.jpg

佐々木ユリウス貴子


冬館子音の詩―寺山修司の青春 [俳句エッセイ]



高校三年から句作を開始した私。卒業後上京し、東京の「陸」俳句会へ参加する前、一番初めに、俳句への扉を開いた詩人がいた。
俳名を冬館子音。高校時代、寺山修司と同期であり句作を共にしていたという。
とにかく、辛辣というほどに厳しい人であった。良しということがほとんどなかった。「ごと」「めく」を安易としてひどく嫌った。「は」「も」や、焦点を曖昧にし表現を詰めず安易に流れること、情に流れ「泣きすぎる」こと、いずれも彼の涼しやかな眼もとからこぼれることはできなかった。
そのように辛辣でありながら、彼は多くの詩友をひきつけた。彼の厳しい句評に毎回「なにや」「へば、どうせばいいのよ」とぼやきながらも河口俳句会の面々は、子音氏のカリスマと、詩人として放つ白銀の気配に引き寄せられていたようだ。
私にとっては、一番初めに俳句を添削に出したとき足元から転覆、の荒業をさらりとやってのけた憎い男であった。
俳句?俳句ってあれでしょう。花鳥風月。
俳句詠むって、風流な人ってことでしょう。
一七歳の私はそのようにたかをくくって子音氏に添削ノートを出した。数句、教科書から抜け出したような典型的な俳句をかいて。
数日後、ノートが返ってくる。優等生な俳句ばかり書いたつもりだ、さぞかし感心・驚嘆しているに違いない、とノートを開くと
「さあ、深呼吸して肩の力を抜き、縦書きのノートをあなたは横書きに書いてみましょう。今回は無修正で、全部にまるをあげる」
愕然とした。つまり、相手にもされなかったということだった。
悔しかった。しかし、事実だと思った。
私は「俳句だ」と思うものを書いてやったのだ。
子音氏が発したメッセージはつまり、俳句は「詩」であること。「自分」を表現しなくては意味がないということ。
そこから十七文字の巨大な壁との対峙が始まったのである。
俳句を「自分を表現するためのもの」と捉えなければ、小器用に技を楽しむ教養と捉えたなら、これほど大変にはならなかったろう。
しかし、この最初の詩人は私に突き付け、反発心を植え込んだ。
そのために、まあ、幾度か止めよう、止めてしまえと思いながら、現在まで続いてきてしまったのである。

彼は句集をだすようにという周囲の声に、「生きている間はいらない」と一蹴、その態度を貫いた。
ここに抜粋する彼の文章および俳句は、彼の死後、詩友がノート等からかき集めて集大成したものである。
今回、寺山と詩を競っていたという極めて希有な子音氏の経歴に着目し、その青春時間の共有の様が現れた個所を抜粋し示すとともに、僭越ながら句を選し、紹介させていただこうと思う。

子音氏の詩性を語りつくすことはなかなかできないが、青森にこういう詩人がいたのだと知っていただければ幸いである。




以下、「寺山修司没後十年に思う『逆回転の柱時計』  冬館子音」より抜粋


(・・・・・前略)
その寺山も高校に入学したばかりの頃は、ちょっぴり文学好きの、ちょっぴり目立ちたがりやではあったが、ごく普通の高校生であった。
もっと、もっとすごい奴がいたのである。留年をくりかえし、高校三年生だが選挙権があり、留年の利点は毎年修学旅行に行けること、それもあきたので今年は卒業でもしてあげるかとうそぶく先輩。おれは退廃的な雰囲気が好きなんだと、ヒロポン(実はぶどう糖)を水で溶かし、腕は打ちすぎて固くなっているからと歯ぐき(実は歯と歯の間)に注射をうったり、親父愛蔵の硯を質草にストリップ通いをするU。七言絶句を吟詠した自分に感激し涙をポロポロ流し、全国をロバで吟遊するのが夢というD等々々。これじゃ目立ちたくても、目立ちようがない。
まもなく、寺山は京武久美らと山彦俳句界を結成し「諸君!我々といっしょに俳句をやろう!!」とかく教室をアジりまわりだした。
(・・・・・中略)
ある日、国語の教師が「読書週間の標語に、本校生徒の作品が入賞した、これは全校の誇りである」と、まるで自分が入賞したかのように興奮してはなした。「開く頁が心を拓く」というもので、これは寺山が創ったものだったと思う。
その頃の寺山は、新聞の投稿欄に母がどうのこうのといった俳句を投句し続け、それがまた入選し続けた。その句であろうか、短冊がわりのボール紙に自書し、落款がわりに赤鉛筆で寺山と書き一流作家をきどっていた。


◇   ◇   ◇   ◇   ◇

~入院大変でしょう。僕も二十九年の末から四年間入院し、そのうち半分以上は絶対安静面会謝絶でした。当時は一切の調味料を厳禁され、大根を湯で煮たものばかり食べさせられて五貫匁やせたものです。この夏に一度青森へ行ってみようかと思っていますので、お見舞いにいきましょう。何しろ忙がしくて、連日睡眠時間が四時間そこそこ、この手紙も旅館へカンヅメにされながらかいているありさまです。こんど劇団四季で上演する「血は立ったまゝ眠る」とか、東宝のシナリオ「栄光のブルース(仮題)」などは比較的最近の僕の考え方を反映したものですが……空缶だの倉庫だのブルースだの強姦だのが氾濫しているというスタイルです。とにかく元気をだして下さい。入院中にストックしておいて退院したらサラリーマン生活など足を洗って、創作で食う位の一大決心をなさっては如何。~

少し長くなったが、これは長期入院していた頃、寺山からもらった見舞いの手紙である。当時(昭和三十六年頃)の寺山の生活ぶりがよくわかるが、東宝株式会社と左下に印書された用箋に書かれたこの手紙を見て、いつになく感情がたかぶり眠れなかったことを昨日のようにおぼえている。

◇   ◇   ◇   ◇   ◇


寺山は晩年(昭和五十六・七年)また俳句を創りだす準備をしていたようであった。俳句から出発した寺山は、俳句にかえり、別の視点から俳句を見つめなおそうと考えていたに違いない。
あれ以来行方不明の寺山修司を迷宮王国から捜しだし、十年間創りつづけたであろう作品をぜひ読んでみたいと思っている。

                          (平成5年5月河口句会報)
             

                         以上、抜粋の終





また、冬館子音 遺作集「風の駅」より抜粋(佐々木貴子選)



第一章 青田風


すかんぽ噛めば夕日が山河染めにくる
勾玉の水に浮くごと金魚の死
盂蘭盆の血は棒状に流れくる
青田風男と牛と漂いぬ
身にこもる風が嗚咽となる案山子
案山子立つや地より濃き血が直流す
天に刺青彫るごと不稔の稲穂立つ
斜の雪が蒼き狼呼びに来る
冬の虹どの家に絵本の子が住むや
寒波来る卵屈葬のごとくあり
津軽半島大字小字雪卍
冬の雷出稼ぎ部落の底で鳴る
待春の点滅せわし信号燈
掌の傷まろく棲む冬の虹
告げ口のごと手袋の穴ひろがる



第二章 螺鈿の季節


寺山修司没
しんきろうの男ひとりをつれ去りぬ
糸電話金魚に盗聴されどうし
憂いなき日を憂いたり二重虹
いっせいに青田青炎青田風
虹懸り全村囮となりにけり
夕凪や鬱血の陽は海が受く
炎天の村道飴のごとくねる
標的になるため独り雪野ゆく
沸点の河口が翔たす冬鴎
津軽野を狐が急ぐ方舟に
しんしんと雪が隠せしものを思う
首たたみ白鳥夜は点字になる
遮断機の腕ゆっくりと冬立つ日



第三章 風の驛


総身に夏雨の彩浴びており
虹消えて群青の世界現るる
サングラス外しほんとうの空を見る
小屋出るやねぶたの眼青炎す
大合唱の蝉が知らせる沸騰点
初虹と消えし男のことなどもう
人がみな優しきときに雪に酔う
地吹雪に繋がれている津軽かな
雪の精になりゆく綿帽子の多佳子



第四章 星月夜


むつ湾へ眞ッ逆さまに夏の風
林檎かじればしゅわっと山河現わるる
夕日ばかり見ていて兎の目が赤し
買物籠に葱が潜望鏡になる
青りんご転がっても転がっても津軽
三日月をこっそり食べている駱駝
職安を出て冬帽を目深かにす
大寒や鉄の握手の連結器






わたしは、寺山をきちんと読んだことがない。
寺山の造りこまれたやや仮想の言葉より、
良質の白銀・透明の子音の詩・風・水が、
すでにわたしのなかに在るからだ。












なぜ太陽はカラスなのか [俳句エッセイ]


 角川書店編の「吟行・句会必携」―ジャンル別に単語を収録した語彙集である―を見ると、「日」の項に「金鴉(きんあ)、金烏(きんう)、赤鴉(せきあ)、陽鴉(ようあ)」という語がみられる。


 最初これを見た時、太陽を背に羽ばたいてくる烏(鴉)の様子を指し示すものなのかと思った。
 しかし、この字引の性質をよく考えてみるに、これは鴉を示しているのではなくて太陽そのもののことを示しているのだと気付いた。
 これが鴉を表す言葉であるならば、鳥や動物として分類されてあるはずだからである。
 ちなみにこの語彙集に動物の項はない。察するに、鳥獣にはあまた種類がありすぎるためだと思われる。


 ここに、私の疑問が始まった。なぜ太陽が鴉なのか?本当に推察通り、鴉が太陽のことを指しているのか。意外でもあり、しかしまた一方で相当に興味深い事実でもある。


 現代人らしく、やや短絡的な発想で、ネットを検索してみる。
 金鴉、陽鴉で調べると、「太陽の別称」として紹介するページにぶち当たった。やっぱりこれは太陽を示す表現のようだ。また、「八咫烏(やたがらす)」という言葉を得た。これがもととなって太陽が鴉と呼ばれているのか。
ネットを閉じる。
 鴉が太陽を示すことはわかった。しかし何故なのか、今度はその理由が知りたくなる。


 広辞苑を引いてみると、八咫烏、金烏はともに伝説に基づいていると分かった。
 どうやら「太陽には三本足の烏が住んでいて、太陽の化身であり使いである」という中国の伝説があるらしい。 また、八咫烏は古事記・日本書紀でも天照の使いとして描かれているようだ。マヤ文明でも、烏を太陽の象徴としているらしい。


 しかしこれだけでは私の「知りたい」は充足しない。私が本当に求めているのは「なんで烏が太陽の使いってことになるのさー」これである。
 調べものにいき詰った時はとりあえず声に出してみる。
 「これこれしかじかで、烏(金鴉、陽鴉)は太陽の別称になってるらしいんだけどなんでだろうね?」一番身近な人物=母に問いかけてみた。
 すると「ああ、なにか伝説があるんじゃないの」という。
 それは分かっているのだ、その先が欲しい。でもこの先はダメかな、新しい手掛かりゲットならず?などと思っていると
 「そういえば、太陽の黒点が鴉に見えてっていう話は聞いたことがあるよ」と、これぞ求めていた、ということを言う。

 これだー!と心で叫びながら、同時に新たな疑問もこみあげてくる。
 「えっ。古代人って、じゃあ太陽の黒点が見えていたの?マジで?それ信じられなくない」
 それが本当だとしたら、余りに驚愕する事実。パソコン液晶画面のじりじりしたチラつきに視神経・細胞を摩耗せられている現代人としてはあまりに。すごい!


想像したことがあるか。太陽の表面に吹きあがる黒点が見えるのだぞ。おそろしい。


 「けど、古代の人は今私たちの目に見えない星の全てが見えていて、星座なんて作れたんだからね。」
 確かにそうだ。私たちが知覚している地球とはまったく違う時空を生きてきたのかも。それに、何か特殊な天体的事象があったのかもしれない。


 ここからは想像の話だが
 「ほら烏ってさ、夕日に向かって飛んでいくの、よく見るじゃない」
 確かに。その姿が、さも太陽へ帰っていくように見えたのかもしれない。
 太陽の黒点から抜け出て、太陽へ帰っていく烏。
 そういわれてみれば、あの濃淡すら表れない漆黒の身体は太陽光の強い反射・逆光を思わせる。光の強いコントラストのために真闇色になっているように思える。

 以前自分が「太陽の言葉を聞きし寒鴉くる」という句を作っていたのを思い出した。このことを知る前だが、なんとなく同じ感覚を得ていたのだろうか。
 意味は分からないけど面白い俳句じゃないか、と思っていたのだが、この由来を知ってしまうと単に伝説を踏まえて作った観念的・類相的俳句のように見えてしまう。ザンネン。


 また、三本足の「三」という数字は道教や日本神道で太陽を表すのだそうだ。
 私の数字=色では、3は黄である。ちなみに数字には性格もあり、陽気でお調子者、ひょうきんな少年である。
 黄色か。太陽を表すことと背反しないな。と、一人ほくそ笑むのであった。


 なぜこんなことに符合させて喜ぶのか、自分でもわからないまま。なにかの趣向性があるんだろうなあ。





星流る夏の終わりに  2010 [俳句エッセイ]

昨日、生まれて初めて流れ星を見ました。


夜、眠たさのピークをやりすごしてしまい、
眠れなくて苦しく、寝室をのろのろと出、居間へ降りて行くと
母も同じく眠れずに起きていた。


ついさっき、母は家の外へ星を見に行ったそうな。


ぼんやりと居間に突っ立っている私を見て
  おまえも眠れないの  と呟いた後 

「今日はとっても星が綺麗よ。すごいよ」

と、そそのかすようなことを言うので、私もその気になり
母とともに外へ出、夜空を見上げた。
2人ともパジャマ姿の、深夜の1時である。


果たして、黒い空間の奥底に数多の星々が透けて見えるようあった。


くっきりと清かに白く光るもの、ぼんやりと存在だけ感じさせるもの。
濃紺の空の遠くまで見はるかせばするほど多くの星粒が見えそうな。


私と母はもっとよく見たくなり、近所の学校を取り囲む 田んぼ道へ行ってみることにした。

深夜の1時にである。
歩くのが億劫だったので車で行くことにしたが、
こんな深夜に学校付近の、人気も明かりも少ない田んぼ道に
車が停まっているのをもし誰かが見たら
完全に不審者扱いだろうね、などと言いながらも全く緊張感がない。



田んぼの側道に車を停め
真っ暗な道に降り立ち
すぐさま期待を込めて
見上げてみる。


最初は目が慣れなくてさほど見えず、
「家の近くの方がよく見えたね」
など、さもがっかりしたようなことを言っていたが、
次第に星影がふつふつと浮き出し見えてくるようになった。



ふたりして今日は全き 星月夜   貴子



もっともっと  と貪欲に見ようとするが
夜空の底を見つくしたのか、
どうも今日は、今見ている以上の星月夜に会えそうもないと察せられてき、
  さ 家に帰ろう
と踝を返したその時


遥か、街の明かりが仄めいている東方に
一筋ツイーと光の粒が流れ
私はびっくりして声をあげた。


慌てて声を呑みこんで
今見たものを母に問うてみると
  それはきっと流れ星だろう  という。
思いのほか速くて、3回願い事を唱える暇はなかったろうと。


かくして、私は生まれて初めて星流るるのを見ました。
まるでスクリーンのようにフラットに感じていた夜空でしたが
こうしてみると確かに星って生き物なのだと思った。


流れ星を題材に何点かの俳句をつくってきた私でしたが

 
  流れ星地球の真中射抜いたり     貴子

  流れ星わたしの海へぽちゃり落つ   貴子    




などと、空想とイメージの中で流れ星を描いていたけれど

実際目にしてみるとそれは存外

何も悲しくも苦しくもないのにツーと一筋涙がこぼれてしまった

その涙の粒の後味に似ていたように思います。


   ひと粒の涙はかろし流れ星      貴子


本当に、とても、佳い夜でした。

                                2010年8月20日  

満員御礼 [俳句エッセイ]

ヒットが2000を超えました。


見ず知らずの私のブログを読んでくださったみなさん


ちょっと長すぎるよ~の文章を読んでくださったみなさん


感謝の雪を降らせます。



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雪は神様からの贈り物


 
            ほうわりと守られていて春の雪        貴子 




これからもどうぞよろしくね。

ニホンゴ・エイゴ・ソシテ季語 [俳句エッセイ]

英語は世界共通言語か。
多くの人がイエスと答えるだろう。
日本語は世界共通言語か。
多くの人がノーと答えるだろう。

言うまでもなく、英語の母はイングランド。女王の国の誇り高き孤高の人々である。
しかし英語はその身から「利便性」を切り離して他者に与えた。
今日多くの国々で多くの人々が英語を話すのは、本来「文化」と切っても切れない密接な関係にあるはずの「言葉」が、文法・単語(の意味性)のみが遊離して「素材」として様々な国で料理されたからだ。

よって、中国には「中国的」英語が、オーストラリアには「オーストラリア的」英語が、そして日本には「日本的」英語がそれぞれ育ちつつあるのではないかと思う、今日この頃である。

中国人と英語で交渉時を行っている日本人が、「彼らの英語は(主に発音の点ではあるが)よくわからない」と言ったり、北米のネイティブの話す英語が、正統的イングランドの英語を熟知した者から見て耐え難かったりするのは、要するに「ルール」として取り入れられた英語がその国その国の文化的背景に応じて様々の発展を遂げていることの証左ではないか。

つまり、同言語の間でも既に、「異文化コミュニケーション」状態が発生しているということである。
ある一つのwordが、あちら側にとっては何気ない日常語でも、こちら側にとっては侮蔑的意味を持つ失礼極まりない言葉。そういう事態が起こりうる。

より卑近な例をとってみれば、我々日本人の間でも同様のことがいえよう。
男性の皆さんは、職場で女性社員を褒めたつもりで、何故かムッとされた経験はないか。
中年男性「ぽっちゃりしてて可愛いね」
20代女子「失礼です!」
(些か古臭い例ですまない。おまけに昨今、こういった言動もセクハラ扱いされるだろうし…あまりウマクナイネ)

とにかく、「文化」の相違はミクロの視点で見れば既に個人と個人との間で起こっている。我々が相互理解をするためには、単語に対する「共通認識」という大前提が必要なのである。(「ぽっちゃりしている」が互いにとって「可愛い」を意味しなければならない。)


さてここに取り出だしたる「俳句」という名の超短詩形。
これこそ、その「共通認識」に大いに依存している詩形なのではないか。
限られた音数で多言を費やすことができない。語の持つ印象を最大限に引き出し、それらに何をぶつけるかによって世界に膨らみをもたらさんとする。
言葉を用いるに際し、「この単語は○○をイメージする」という暗黙の了解が不可欠である。

「赤とんぼ」の誘う郷愁、「雪晴れ」が表す爽快感、「桜」が与える無限の情趣。我々はその共通イメージを最大限に活かして17字の詩を詠む。
「季語」の多くは「実景」であるから、概念を表す語とは違い、多くの人がそれを見た実体験を持ち、イメージを描くことができる。
「季語」の大きな効用の一つが、ここにあると思う。


また、共通認識とは逆の意味合いになるが、人はそれぞれの「季語」に対し異なった思いを抱いていることも多くあり、それが句の意味に多元性をもたらすことがある。
「桜」を喜びに満ちた心持で見た者もいれば、切ない思いで見つめた者もいるだろう。
この僅かな「ズレ」が、同じ句でも人によって違った解釈を許し、句の生命に重層性とふくらみを与えるのだ。

共通イメージで味わうにせよ、違った情趣をもって解釈するにせよ、大事なのは「季語」が「実景」あるということである。
「実景」という一本の芯があるからこそ、想像の世界をふくらますことができるのだ。

「季語」という氷面鏡を境に、私のいる表側の世界と氷の下に展開する裏側の世界が開いてゆくのである。


さて、最初の英語と日本語の話に戻ろう。
同じ島国のイングランドと日本であるが、言葉の生命はこんなにも違った道を辿っている。
英語はますます世界で使われるようになるだろう。もはや当たり前のように。それに伴ってますます「軟化」し、正統的イングランド人をますます怒らせるかもしれない。
日本語は世界で話されるようになるか?決してなるまい。こんなにも言葉と文化を手放さない日本人は、やがて孤高の美しい詩を残し絶えていくのだ。

こんなSFを想像してみる。
遥か○○○年後の地球。世界には国というものがなくなっており、皆が同言語を話すようになる。それは英語から発展し、今やすっかり独自の発展・変貌を遂げた「元・英語」である。国と国とではなく、人々は「人と人との」間にある言葉の意味の違いを、理解するよう努めながら暮らしている。
言語はみんな同じ。そこに載せる意味や気持ちが、違っているだけなのだ。しかしその違いこそが、大きな違いなのだ。
その世界に一つの文献が発見される。「ニホン」という、今は海底に沈没した伝説の国が残した、「ハイク」という名の詩集だ。人々はそれらを解読するに従って夢中になる。美しい世界、謎だけれでもどこか懐かしい世界。
「ニホンゴ」は滅びた国の美しいコトバとして透明な歌のごとく、碧く光るブルートパーズのごとく、未来の地球に生き続けるのである。


・・・・・・ああ、今日もよく妄想した。

桜の永久 [俳句エッセイ]

 「サクラサク」が、「受験に受かる」ことの暗号として用いられ始めたのはいつ頃からだろう。まるでトラトラトラみたい。
 言うまでもなく、ぱっと大量の花が開き青空にピンク色の光があふれる様が、まるで未来が拓けたかのような心象風景と重なって、こんな意味合いになったんだろう。

 しかし私は浪人の春に見た桜を思い出す。
 惨敗の春だった。大手の予備校に通うため東京へでてきた。予備校は下北沢の隣の駅にあり、寮は祖師谷大蔵にあった。地方から出てきた浪人生専用の寮だった。

 上京した最初の日、寮の部屋へ少ない荷物を置いた後、私はさっそく近所の散策に出かけた。「住む」ために来た初めての東京は、今までとは違った顔をしていた。

 まず駅までの道のりを確かめる。その後は気の赴くままに。
 青森のどんよりと重たい空気とは違って、東京の街は軽やかな人の息吹がある。
 薄曇りで、思ったよりもずっと寒いが、街並みが新鮮でずっとずっと歩いた。途中、枝ぶりの大きな見事な桜の木に出会った。曇天の中、濃いめのピンクが際立って見えた。

 東京は自然がないなんていうが、この桜の木は見事じゃないか。私には青森の桜よりずっと素敵に見えた。新しい街へ出てきた気分が影響していたのかな。



                  行間に桜散る散るそぞろ歩き     貴子


 
 ふと、桜といえば恋だよなと思い立った。ちょうどちっちゃな失恋もしたところだ。詠もう。



                  桜咲く壊れた恋とエトセトラ     貴子



 いいじゃん。なんだか東京、たのしい。自分が浪人しに来たんだってこと、忘れてきちゃった。

 その後、受験と浪人生活は夏を境に次第に下降線を辿り、そりゃ女子寮のなかだもの、いろいろとあってさ、とにかく不首尾。

 第1志望にはほど遠いけどなんとか一つの学校に受かって、今度は国分寺アパートに移ってきた。そのアパートの名はドイツ語で「私のおうち・桜」。その名の通り、中庭にでっかい桜の木が植えてあって、私の部屋の調度真ん前に見事な桜の梢。
 窓をがらっと開けると、桜の枝がズームアップで目の前に。夜は、カーテンを開けると白いもこもことした影が紺青のなかに揺れて。
 本当に素晴らしかった。

 引越して間もなくのある日の午後、段ボールもそのままに近所のコンビニからパンと牛乳を買ってきた。片づけ中断、一休みだ。



                    桜見てパンと牛乳ながしこみ    貴子



 
 花冷えの空気と共にパンを食む。ミルクでながしこむ。ただのパンと牛乳がいつもよりもずっと、美味しかった。

 大学の4年間、本当に、素敵な桜を三度も楽しませてもらった。卒業は3月だから、その前に部屋は引き払ってしまう。



                    四度目は見ずして帰すや窓の桜    貴子



 
 私は、受験という競争に負けてこの家にやってきた。浪人の寮に移り住んだ時もそうだったし、国分寺のアパートを引き払った時も就職という試験に負けていた。

 けれどやっぱり桜は桜。いつでも誰にでも、咲いていたよ。

 千年も前から恋しがられたり惜しまれたり悲しがられたり、恨めしがられたり。
 儚いものの代表格でもある、桜。
 けれどその命の繰り返しを、ずっと続けている。
 ある意味でこんなにふてぶてしい美女はいない。

 人の身のそれぞれの悲喜こもごも。それとは別のところで、桜はいつだってその命を楽しんでる。隆盛も、衰退も。



                   叶っても叶わなくても桜永久     貴子




 だから、安心してチャレンジして失敗して、いいんだと思うよ。
 人や世間の思惑は、難しいけどね。

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