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麦子抄~出会い編~ [犬]

犬はかわいいなあ。
世に猫の句多く、猫好きの女性多し。しかし私は犬が好きである。
それは私が飼った初めての動物が犬だからだろう。

小さい頃、ずっと獣毛アレルギーだった。猫も犬も、ふわふわした毛の動物は大好きだったけど、触ると痒くなって病院に行かなきゃならなくて、駄目だった。

だから、ずっと動物を飼う夢を忘れて過ごしていたのだ。
一生飼うことなんてないと思っていた。

しかし「彼女」は突然私の人生の中に飛び込んできた。
17歳の、初冬。
高校3年の頃、家族で交流のある陶芸家がいた。たいそう変わりもので、岩木の山に住み、なんと一度は出家したがあまりの戒律の厳しさに脱走してきたという。
陶芸家といっても○○先生、といったタイプではなく、世捨て人が口の凌ぎに、もしくは土と付き合うのが好きで、焼き物を焼いて暮らしていたのだ。
その陶芸家が、ある時子犬を飼い始めた。ゴールデンレトリバーの雌だ。近所にブリーダーが住んでいて、子犬がたくさん生まれたのだそうだ。子犬をみた陶芸家は、あまりの可愛さに譲ってくれと申し出たのだという。
私は母づてにその話を聞いていた。母は自分も趣味で焼き物をしたくて、その陶芸家の窯を借りるためにしばしば訪れていたのだ。「まあほんとに、コロっとして可愛いのよ!ぬいぐるみみたいなのよ。」ふうん、そうか、子犬はかわいいよね。でも私には関係ない。そう思って話を聞き流していた。けどどうするのかしらねえ、犬を飼うって、大変なのよ。母の言葉がさらりと夕餉の空気を撫でた。

その3ヶ月後。山の陶芸家宅へ行った母が、骨折して帰ってきた。なんと、ちょっとした地面のひっかかりによろけて転んだら、時間が経つほどにずくんずくんと痛みが増してき、病院で診てもらったら実は折れていたのだという。
痛みに集中し眼を見開きながら横たわる母。眠ってはいないが、人の話は耳に届かぬようで、なにやらうわ言のようになんらか呟いている。多分、よっぽど痛いのだろう。こりゃそっとしとくしかないな、と私はこっそり居間の電気をおとした。
ところがさらにその翌々日、今度は私の弟君が小学校で骨折した。理由はよくわからないが、似たようなこと、ちょっとしたことで転んだようだ。2人とも非常に虚弱なのである。

弟骨折の報をうけたとき、もちろん家中に母しかいなかった。父仕事、私は高校である。
母しか迎えに行く行くものがいなかった。どうやら足を引きずって学校へ行き、骨折した足で弟を背負って帰ってきたようだ。骨折した者が骨折した者を迎えに行く。骨折した足で骨折した子を負って帰る。幸い、小学校は近所であったが大変だったろう。

かくして、私が高校より戻ると、母並びに弟がギブスと松葉杖の姿で家にいた。
え、なに?と私はびっくりした。まるで冗談みたいな光景だ。
2人同時に骨折するの、そういうことってあるの??あったのである。

さて2,3日後。帰宅後、食事をとってくつろいでいたところに突然一本の電話が鳴った。出ると、例の陶芸家であった。
「あ、もしもし、貴ちゃんだか?これから犬ば連れて行くはんで。2時間くらいで着く」
「え?どういうこと??ちょっと待っ…」
待っての一言を言う前に電話はぷつりと切れた。急いで母に伝えると「いいわ、ほっときなさい」と母。陶芸家は自分で犬を飼いきれなくなって、我が家に持ってこようとしているのだと、母は勘付いていたのである。来たら断るからいいのよ、ときっぱり言う母。骨折していても、強い。

唐突な電話の約2時間後。今度は家のチャイムが「ピンポーン」と高すぎるトーンで鳴った。急いで玄関のドアを開ける。
冷たい空気を伴って陶芸家がぬっと現れる。頭の上に星が青く冴える。手にバスケットをもって、ずんずん家の中に入っていった。私は何が起ころうとしているのか、じっと注視するほかなかった。
異様な風貌の男は何も言わずにバスケットを開けた。途端、こぼれるように金色のふわふわした塊が転がり出る。恐る恐る床に着地したそれは、ほたほたと歩き始めた。ちょっとよろけながら。
「かわいい!!」私は思わず叫んだ。昨今ギャルに大流行の「可愛い」であるが、この言葉には無限の宇宙が包含されているように思う。
子犬は私の心の底に堅く圧縮されていた桜色の感情をあっという間に引き出し、花開かせた。自分がほどけていくような瞬間だった。
犬なんか飼えるはずがないと堅く信じていたのに、私はもう、この犬と過ごしたくてたまらなくなった。もう可愛くて可愛くてしょうがなかった。母も、そんな私の心情を読みとったようである。残る難関は父であったが、弟を持って説得にあたらせることにした。父は弟に弱かったのだ。

その後説得は成功し、ゴールデンレトリバーの子犬は我が家におさまることになった。名前で一論争あり、洋犬なのだから横文字名前をつけるべきだ、とかいやいやコロコロしてるからコロがいい、とかいろいろあったが、最終的に母の鶴の一声で「麦子」という名前に決まった。
小麦色、麦酒色、こんがりとした陽だまりの色。
年寄りくさいが口に馴染み呼びやすく、彼女はその後13年の人生(?)を「むぎこ」「むぎちゃん」と呼ばれて過ごすことになった。

疑い深く病弱で私を下僕とみなし、とにかく悪しざまにあしらうのであるが、実に頭が良く瞳が綺麗で表情豊かで、見飽きることなかった。
(ちなみに私以外の者に対しては実に従順で穏やかな気性の犬であった)

その後の悲喜の数々を彼女とともに過ごし、一緒にいろんな景色をみた。彼女と散歩した広大な雪野の清涼感は今でも鮮明に残っている。

             

              金色の毬と歩きし雪野かな   貴子           H20年頃


この犬種は身体が弱いと聞き、何かある度に命を心配したものだが、彼女よりも先に虚弱な弟君のほうが早世してしまったときは、実に根気よくgrief に付き合ってくれた。
コロコロとあどけないアイドルデビューをしたこの犬は、後にどっしりと知略に長けた年増犬に成っていった。


              末黒野に犬の臀部の豊かなり   貴子          H20年頃




また、最初の飼い主に似たためか、この犬には多少の脱走癖があり、これがまたドラマを生みだすのだが、その話は、また今度にしよう。


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