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吉村毬子句集「手毬唄」 [俳句鑑賞]

 

布張、箱入で和服のような雰囲気のある美しい装丁である。

栞文は安井浩司、志賀康、豊口陽子、福田葉子(敬称略)による。

現在LOTUS同人の吉村毬子さんによる第一句集より数句。

 

しづかな窪へ対岸の朝溢れ

海抱きの硬さとも白い夢とも

母を呼ぶ階段の下朱い雨

寒椿老婆唄へば山へ散る

蒼穹の笛の並ぶや死人華

階段に海の残光かなかなかな

水際の空葬(からとむらい)や昼の虫

唖蟬は夜の海へと膨らみぬ

新樹光鎖骨より溢れる泡か

晦の海を眇める山が綺麗だ

訥訥と漢は樹々へ縄の雨

少年や穀物袋の宇宙音

 

殊に

寒椿老婆唄へば山へ散る

蒼穹の笛の並ぶや死人華

少年や穀物袋の宇宙音

の3句は好きな句だ。

寒椿の句、きっと通常の読みとしては、散るのは「寒椿」であるととるのが普通なのだろう。けれど私には「老婆」自身が、唄うことによって、それを契機として寒椿のように散っていく景が浮かび、夢幻性を感じた。

蒼穹の句、明るく晴れわたった空のもと、あまた笛が並んでいる。「笛」には「ハーメルンの笛吹」など異形の存在への契機を示唆する面もある。死人花の姿が笛の形状とごこかで結ぶようでもあり、また、死人花の強い存在感が、「笛」の不穏な面をひきだし、鮮烈で印象的な絵を見せてくれる句だ。明るい青空に死人花の景色は誰しも見たことがあるものと思うが、言葉にならない不穏さがよくひきだされた作品と思う。

穀物袋の句、穀物袋を触ったりした時たつ、しゃんという音。少年が袋をおいた時その音がたつ。それが、宇宙音だというのである。宇宙を内包しているのは少年であろうし、穀物袋の中にもぎっしりと混沌の宇宙がつまっているのかもしれない。

私がご紹介した句は本作品集の中で比較的実景的で、シンプルな姿の句である。吉村氏の、しずかな光のなかに情緒の表われた作品にとても心惹かれた。吉村氏の作品にはこのような句風とは違って難解さの中に迫力のある句も、古代を感じさせる句も、また煌びやかな言葉の遊戯を感じさせる句もある。

 また、作者名、句集名両方とも「毬」の文字が使われてあり、作品集中「毬」をモチーフにした作品が多く見られる。作者が毬という文字にどのような思い入れがあるか、詳細を知ることはできないのだが、自分なりに想うことには「毬」というものは子供時代の遊びや懐かしさを示すとともに、どこか一人遊びの寂しさを想わせるものでもある。童心の寂しさである。

作者の毬を使った一句に

  毬つけば男しづかに倒れけり  吉村毬子

 

がある。これは不思議な句だ。

毬をついているのは確かに少女の意識であるのに、倒れる男はどうみても成熟した男である。少女が一人遊びに毬をついているとき、穏やかに手毬唄を口ずさみながら心中では様々な想が去来しているだろう。完全に一人の想の中に埋没している時、不意に大人に話しかけられて怪訝さや、敵意のような視線を向けてしまった一瞬を思い出すのである。あるいは成熟した女であって、同じく成熟した男と相対しているのかもしれない。成熟した女性の中からのぞいている童女の鋭い敵意、不意についた毬の一撃で、男はしずかに、倒れていくのである。

 

しっとりと古風で、手に重みの残る句集。

 

御恵贈有難うございました。


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